
美希、最近仕事忙しそうだけど学校の勉強は大丈夫?

春香に心配されなくてもミキは成績いいの。それに今日は学校に顔出して、2次方程式の解の公式とか習ったの。解の公式があるなんて便利なの。これなら今後は何次方程式が出てきても全部パソコンとかにまかせて、ミキは寝てればいいの。あふぅ。

…美希、一応言っとくけど、5次以上の方程式に解の公式は存在しないよ?

え、そうなの?…でも、それっておかしいの。難しくてまだ公式をつくれてないだけかもなの。ないって言いきれないと思う。

ううん、言いきれるの。

なんで?

まず、解の公式って何かちゃんと決めておかなきゃだけど、 を1以上の整数として、
次方程式
の解の公式とは、方程式に出てくる係数
および(係数がつくる体と同じ体に属する)定数をつかった式で方程式の解をかきあらわしたものとする。ただし、この式でつかっていい演算は、足し算、引き算、割り算、掛け算、冪乗根(ルートを取るとか、3乗根をとるとか、もっと一般に
を2以上の整数として
乗根をとるという操作のことね)に限るよ。あと、各演算をつかっていいのは有限回だけとするね。ちなみに、
次方程式の解が複数ある場合は全部かきあらわさないと駄目だからね。 2次方程式の解の公式では
で2つの解を1つの式にまとめているけど、こういう形にまとめないといけないってわけじゃないよ。

…まあそれはそれでいいの。2次方程式の解の公式も、係数 をつかって、足し算、引き算、掛け算(掛け算ができれば累乗もできるね)、割り算、ルートをつかって解をあらわしているの。

あと注意として、5次方程式の解の公式は存在しないけど、いつも係数で解がかけないってわけじゃないからね。例えば、 という形の5次方程式だったら、
が解の1つだとただちにわかるよね(これに1以外の1の5乗根をかければ5つの解が全てそろうね)。あと、係数の式で解がかけないというのは、解が存在しないという意味ではないことにも気を付けてね。係数の式で解がかけなくても解自体は存在するから、「5次方程式には解がない」というのは色んな意味で間違い。もっとも、中学校では複素数はまだ扱わないから、実数の範囲に解がないときには「解なし」という答え方をすると思うけど、5次方程式には実数解が必ず1つ以上あるしね。

「方程式の解が方程式の係数の式でかけるかかけないか」っていう問題なのはわかったの。でも、4次以下の方程式はかけるけど5次以上の方程式はかけないですとか、やっぱり変だと思うの。

まずちょっと準備として、(0で割ることを除いて)加減乗除について閉じている数の集合を

無理数って とかのこと? そーゆーのが解になる方程式なんかいっぱいあるの。
とか。




春香、 の解は
と
だけなの。
でかける数全部は要らないと思うの。


あ、そういうことなの。ならいいの。でも、そんな体に広げて考えるなんて、なんか大げさなの。

大げさでいいんだよ。係数体や係数体を有限回何らかの冪根で拡大した体に解が入っていたら、ちゃんと求まるかどうかはともかく解の公式がかける可能性はある。有限回の加減乗除冪根の操作で解までたどり着けるってことだからね。逆に、係数体や係数体を有限回何らかの冪根で拡大した体に解が入っていなかったら、解の公式がかける可能性すらないんだよ。そして、5次以上の方程式には解の公式がかける可能性すらない。

…言いたいことは何となくわかったの。でも、そんなに体を広げて解が入っていないって言えるの? 何回も足し算、引き算、掛け算、割り算、冪根をつかってよくても、解にたどり着けないものなの? 解が入っていないですっていう証明なんて、できなさそうなの。なんか悪魔の証明?みたい。

そんなに手がかりがないわけじゃないよ。係数体を繰り返し拡大しても解にたどり着くことができないと直接示すのは確かに難しい。でも、係数体や係数体を拡大した体の中に解が入っているかどうかを問い掛けることができるツールがあるんだ。

そんなツールがあるの? でも春香、いまは目の前の体に解が入っているかどうか問い掛けたいんじゃなくて、これから体を何度拡大してもずっと解が入ることがないのかどうかが知りたいと思うんだけど…。

そこでなんと、このツールで解が入っているかどうか問い掛けた結果からは、その体を拡大した上で解が入っているかどうか問い掛けた結果がどうなるかも調べられるんだ。「解が入っています」という結果までたどり着くことはない、というのもわかっちゃう。

それはすごいの。どんなツールなの?

そのツールの名前はガロア群。ある方程式について、係数体の元を変えないような解の入れ替えの操作を全て集めると群の構造をしていて、これを方程式のガロア群というんだ。方程式のガロア群をとって、もしそれが単位群なら、それは「この体には解が全て入っています」ということ。単位群でなければまだ入っていない解があるから係数体を拡大する必要があるけど、拡大した体に解が入っているかどうかのガロア群をまたとるんだ(これはもう方程式のガロア群とはいわないけど同じように定義できるよ)。ただ、このときの拡大の仕方は適当に冪根を加えるのでは駄目で、元の係数体の係数をもつようなある多項式が1次式にまで因数分解できるようになるような拡大をしないといけないんだけど、この拡大の仕方は趣旨に合っているよね(そして、このような体の拡大をガロア拡大というよ)。そうやって係数体を拡大してガロア群を取り直すと、そのガロア群は元の方程式のガロア群の正規部分群になるんだ。さらに体を拡大してガロア群を取り直しても同じで、拡大する前のガロア群の正規部分群になる。特に、体に冪根を加えることによってガロア拡大するとき、拡大前後のガロア群の剰余群は巡回群になる。まとめると、元の方程式のガロア群に対して、剰余群が巡回群になるように正規部分群をとる操作を何度繰り返しても単位群にたどり着くことがないならば、係数体をどう拡大しても解を含む体にはならないということになる。

春香、待って、なんで解の入れ替えなんて話になったの? 別に解を入れ替えたいわけじゃないと思うの。
