雑記: 5次以上の方程式に解の公式が存在しない話

以下の話は厳密なものでも網羅的なものでもありません。キャラクターが登場しますが原作とは関係ありません。内容の誤りは筆者に帰属しますのでご指摘ください。
f:id:cookie-box:20180125113448p:plain:w60

美希、最近仕事忙しそうだけど学校の勉強は大丈夫?

f:id:cookie-box:20180210114535p:plain:w60

春香に心配されなくてもミキは成績いいの。それに今日は学校に顔出して、2次方程式の解の公式とか習ったの。解の公式があるなんて便利なの。これなら今後は何次方程式が出てきても全部パソコンとかにまかせて、ミキは寝てればいいの。あふぅ。

f:id:cookie-box:20180125113448p:plain:w60

…美希、一応言っとくけど、5次以上の方程式に解の公式は存在しないよ?

f:id:cookie-box:20180210114535p:plain:w60

え、そうなの?…でも、それっておかしいの。難しくてまだ公式をつくれてないだけかもなの。ないって言いきれないと思う。

f:id:cookie-box:20180125113448p:plain:w60

ううん、言いきれるの。

f:id:cookie-box:20180210114535p:plain:w60

なんで?

f:id:cookie-box:20180125113448p:plain:w60

まず、解の公式って何かちゃんと決めておかなきゃだけど、n を1以上の整数として、n 次方程式  a_n x^n + a_{n-1} x^{n-1} + \cdots + a_0 =0 \; (a_n \neq 0) の解の公式とは、方程式に出てくる係数  a_0,  \cdots , a_n および(係数がつくる体と同じ体に属する)定数をつかった式で方程式の解をかきあらわしたものとする。ただし、この式でつかっていい演算は、足し算、引き算、割り算、掛け算、冪乗根(ルートを取るとか、3乗根をとるとか、もっと一般に  m を2以上の整数として  m 乗根をとるという操作のことね)に限るよ。あと、各演算をつかっていいのは有限回だけとするね。ちなみに、n 次方程式の解が複数ある場合は全部かきあらわさないと駄目だからね。 2次方程式の解の公式では  \pm で2つの解を1つの式にまとめているけど、こういう形にまとめないといけないってわけじゃないよ。

f:id:cookie-box:20180210114535p:plain:w60

…まあそれはそれでいいの。2次方程式の解の公式も、係数  a, b, c をつかって、足し算、引き算、掛け算(掛け算ができれば累乗もできるね)、割り算、ルートをつかって解をあらわしているの。

f:id:cookie-box:20180125113448p:plain:w60

あと注意として、5次方程式の解の公式は存在しないけど、いつも係数で解がかけないってわけじゃないからね。例えば、 a_5 x^5 -a_0 = 0 という形の5次方程式だったら、 x = \sqrt[5]{a_0 / a_5} が解の1つだとただちにわかるよね(これに1以外の1の5乗根をかければ5つの解が全てそろうね)。あと、係数の式で解がかけないというのは、解が存在しないという意味ではないことにも気を付けてね。係数の式で解がかけなくても解自体は存在するから、「5次方程式には解がない」というのは色んな意味で間違い。もっとも、中学校では複素数はまだ扱わないから、実数の範囲に解がないときには「解なし」という答え方をすると思うけど、5次方程式には実数解が必ず1つ以上あるしね。

f:id:cookie-box:20180210114535p:plain:w60

「方程式の解が方程式の係数の式でかけるかかけないか」っていう問題なのはわかったの。でも、4次以下の方程式はかけるけど5次以上の方程式はかけないですとか、やっぱり変だと思うの。

f:id:cookie-box:20180125113448p:plain:w60

まずちょっと準備として、(0で割ることを除いて)加減乗除について閉じている数の集合をたいっていうんだ。例えば、実数どうしって足しても引いても掛けても割っても必ず実数になるよね。だから、実数全体は体になるんだ。他にも、有理数にだけ注目してもよくて、有理数どうしも加減乗除したら必ず有理数になるから、有理数も体なんだ。あと、高校では実数より広い複素数というのを習うけど、この複素数も体。体じゃない例としては、整数だけに注目するとこれは体じゃない。整数どうしを割り算すると整数じゃなくなっちゃうことがあるからね。それで、方程式の解って方程式の係数がつくる体に入っているとは限らない。美希が学校で習ってる2次方程式も、係数は有理数でも解は無理数になったりするよね?

f:id:cookie-box:20180210114535p:plain:w60

無理数って  \sqrt{2} とかのこと? そーゆーのが解になる方程式なんかいっぱいあるの。 x^2 = 2 とか。

f:id:cookie-box:20180125113448p:plain:w60

うんうん、2次方程式  x^2 - 2 = 0 を考えてみると、この方程式の係数は  a_2 = 1, \; a_1=0, \; a_0 =-2 で、これらの加減乗除有理数 \mathbb{Q} をつくるんだよね。それで、この方程式の解も同じ有理数体の中にいてくれたら、解を係数の加減乗除だけでかきあらわすことができる望みがある。でも、実際の解は  x=\pm \sqrt{2}無理数だから有理数体の中にはいない。だから少なくともこの方程式は、係数の有限回の加減乗除だけでは解まで絶対たどり着けない。

f:id:cookie-box:20180210114535p:plain:w60

体っていうのはまだよくわからないけど、 1, 0, -2 の有限回の加減乗除 \sqrt{2} がつくれないのはわかるの。それが春香が言う「係数がつくる体に解が入ってない」ってことなのかもしれないけど、結局入ってないんじゃ駄目じゃん。それに、2次方程式にはちゃんと解の公式があるの。

f:id:cookie-box:20180125113448p:plain:w60

加減乗除では解がつくれないと言ったけど、解の公式は加減乗除に加えて「冪根をとる」ってことができるんだよ。解の公式がかけるには、解が係数体に入っていないといけないってわけじゃないんだ。係数体  K に含まれる適当な数に冪根をとったものを  K に加えて体を拡大して、そうしてできた新しい体  K_1 に含まれる数に冪根をとったものを加えてまた体を拡大して…、って繰り返しやっていって、体の中に解が含まれるまで拡大できればいいんだ。有限回の拡大でね。美希がさっき言った2次方程式  x^2 = 2 だと、解は  \pm \sqrt{2} だから、係数体  \mathbb{Q} \mathbb{Q}(\sqrt{2}) に拡大すれば解を含むようにできる。 \mathbb{Q}(\sqrt{2}) っていうのは、 a, b有理数として、 a + \sqrt{2} b でかける数全体のことだよ。

f:id:cookie-box:20180210114535p:plain:w60

春香、 x^2 = 2 の解は  \sqrt{2} -\sqrt{2} だけなの。 a + \sqrt{2} b でかける数全部は要らないと思うの。

f:id:cookie-box:20180125113448p:plain:w60

あ、体っていうのは、体の要素どうしを加減乗除しても体の要素じゃないと駄目なんだ(0で割るのは除いて)。有理数 \mathbb{Q} \sqrt{2} を加えた体をつくりたかったら、有理数 \sqrt{2} を足し引きしたものは全てその体の要素なんだよね。もちろん、掛け算や割り算したものも体の要素だし、さらにそれらを加減乗除したものも体の要素だけど、それらは全て  a + \sqrt{2} b の形にかける。

f:id:cookie-box:20180210114535p:plain:w60

あ、そういうことなの。ならいいの。でも、そんな体に広げて考えるなんて、なんか大げさなの。

f:id:cookie-box:20180125113448p:plain:w60

大げさでいいんだよ。係数体や係数体を有限回何らかの冪根で拡大した体に解が入っていたら、ちゃんと求まるかどうかはともかく解の公式がかける可能性はある。有限回の加減乗除冪根の操作で解までたどり着けるってことだからね。逆に、係数体や係数体を有限回何らかの冪根で拡大した体に解が入っていなかったら、解の公式がかける可能性すらないんだよ。そして、5次以上の方程式には解の公式がかける可能性すらない。

f:id:cookie-box:20180210114535p:plain:w60

…言いたいことは何となくわかったの。でも、そんなに体を広げて解が入っていないって言えるの? 何回も足し算、引き算、掛け算、割り算、冪根をつかってよくても、解にたどり着けないものなの? 解が入っていないですっていう証明なんて、できなさそうなの。なんか悪魔の証明?みたい。

f:id:cookie-box:20180125113448p:plain:w60

そんなに手がかりがないわけじゃないよ。係数体を繰り返し拡大しても解にたどり着くことができないと直接示すのは確かに難しい。でも、係数体や係数体を拡大した体の中に解が入っているかどうかを問い掛けることができるツールがあるんだ。

f:id:cookie-box:20180210114535p:plain:w60

そんなツールがあるの? でも春香、いまは目の前の体に解が入っているかどうか問い掛けたいんじゃなくて、これから体を何度拡大してもずっと解が入ることがないのかどうかが知りたいと思うんだけど…。

f:id:cookie-box:20180125113448p:plain:w60

そこでなんと、このツールで解が入っているかどうか問い掛けた結果からは、その体を拡大した上で解が入っているかどうか問い掛けた結果がどうなるかも調べられるんだ。「解が入っています」という結果までたどり着くことはない、というのもわかっちゃう。

f:id:cookie-box:20180210114535p:plain:w60

それはすごいの。どんなツールなの?

f:id:cookie-box:20180125113448p:plain:w60

そのツールの名前はガロア群。ある方程式について、係数体の元を変えないような解の入れ替えの操作を全て集めると群の構造をしていて、これを方程式のガロア群というんだ。方程式のガロア群をとって、もしそれが単位群なら、それは「この体には解が全て入っています」ということ。単位群でなければまだ入っていない解があるから係数体を拡大する必要があるけど、拡大した体に解が入っているかどうかのガロア群をまたとるんだ(これはもう方程式のガロア群とはいわないけど同じように定義できるよ)。ただ、このときの拡大の仕方は適当に冪根を加えるのでは駄目で、元の係数体の係数をもつようなある多項式が1次式にまで因数分解できるようになるような拡大をしないといけないんだけど、この拡大の仕方は趣旨に合っているよね(そして、このような体の拡大をガロア拡大というよ)。そうやって係数体を拡大してガロア群を取り直すと、そのガロア群は元の方程式のガロア群の正規部分群になるんだ。さらに体を拡大してガロア群を取り直しても同じで、拡大する前のガロア群の正規部分群になる。特に、体に冪根を加えることによってガロア拡大するとき、拡大前後のガロア群の剰余群は巡回群になる。まとめると、元の方程式のガロア群に対して、剰余群が巡回群になるように正規部分群をとる操作を何度繰り返しても単位群にたどり着くことがないならば、係数体をどう拡大しても解を含む体にはならないということになる。

f:id:cookie-box:20180210114535p:plain:w60

春香、待って、なんで解の入れ替えなんて話になったの? 別に解を入れ替えたいわけじゃないと思うの。

f:id:cookie-box:20180125113448p:plain:w60

「係数体の元を変えない解の入れ替え」を全て集めた群に注目すると、この群が係数体の拡大(ここでは、冪根を加えることによるガロア拡大)の前と後でどんな関係で結ばれているかがわかるんだ。つまり、後者は前者の「剰余群が巡回群になるような正規部分群」になっている。そして、この群が単位群になるまで係数体を拡大すれば解が含まれているといえる。体の拡大の前後の関係がわかって、最終目標までわかるんだよ。もし体の方だけ考えていたら、拡大したらどんな変化があるのかも、どこまで拡大したらよいのかもよくわからなかったからね。

f:id:cookie-box:20180210114535p:plain:w60

あとその群って何? 単位群とか正規部分群とか剰余群とか巡回群とかも、ミキ知らないし…。

f:id:cookie-box:20180125113448p:plain:w60

まあ群は中学校で習わないからね(高校で習うとは言ってない)。その辺は置いといて結論を先に言うと、一般的な5次方程式のガロア群は5次対称群  S_5 という群になるんだけど、この  S_5 は、「剰余群が巡回群になるように正規部分群をとる操作を何度繰り返しても単位群にたどり着くことがない」んだ。6次方程式以上も同様。

つづかない